住民全員がAIという町で、AIたちは勝手にパーティーを開き、デートに誘い合いました。
これはSF小説の話ではありません。2023年にスタンフォード大学の研究チームが実際に行った実験の結果です。
舞台は「Smallville(スモールビル)」と名付けられた小さなドット絵の町。この実験は、今では「AI同士の社会」を研究する流れの出発点のひとつとしてよく名前が挙がります。
この記事では、その町で何が起きたのか、なぜAIが「人間っぽく」暮らせたのかを、できるだけかみ砕いて紹介します。
25体のAIが暮らす小さな町
実験を行ったのは、スタンフォード大学とGoogleの研究者たちです。
論文のタイトルは「Generative Agents(生成エージェント)」。ゲーム「ザ・シムズ」のような箱庭の町に、25体のAIエージェントを住まわせました。
町には家、カフェ、バー、公園、学校、雑貨店などがあります。
各AIには名前、職業、性格、家族や知り合いといった「設定」が数行の文章で与えられました。たとえば、薬局を営む家族思いの男性、カフェを経営する女性、町長選挙に出ようとしている人物、といった具合です。
大事なのは、研究者が一人ひとりの行動を台本で決めていないことです。AIたちは朝起きて歯を磨き、仕事に行き、道で出会った相手と立ち話をする。そのすべてを、自分で考えて決めていきます。研究チームはこの町を、ゲーム内の時間で丸2日分動かしました。
一言の指示から始まったバレンタインパーティー
この実験でいちばん有名なのが、バレンタインパーティーのエピソードです。
研究者がしたことは、たった一つ。カフェを経営するイザベラというAIに「バレンタインデーにパーティーを開きたい」という気持ちを植え付けただけです。その後の展開は、すべてAIたちが自分で生み出しました。
- イザベラは常連客や知り合いに声をかけ、招待して回る
- 招待されたAIが、さらに別のAIに話を広める
- イザベラに頼まれて、飾り付けを手伝うAIが現れる
- ひそかに思いを寄せていた相手を、パーティーに誘うAIまで出てくる
そして当日、約束の夕方5時になると、5体のAIが実際にカフェに集まりました。誰も「何時にどこへ行け」と命じていないのに、です。

ちなみに招待されたのは12体。来なかったAIの中には「その時間は別の予定がある」と断ったものもいました。このあたりも妙に人間くさいところです
同じように、町長選挙への立候補の話題も口コミで広がっていきました。論文によると、最初はどちらも1体しか知らなかった情報が、2日間でパーティーは13体(約半数)、立候補は8体(約3分の1)に伝わっていました。
「噂が広がる」「予定を合わせて集まる」。人間にとっては当たり前のことが、AI同士の間でも自然に起きたのです。
AIを「人間っぽく」した3つの仕組み
中身は、当時のChatGPT(gpt-3.5-turbo)です。ただし、そのままでは昨日のことを覚えていられません。そこで研究チームは、次の3つを組み合わせました。
1. 記憶(メモリーストリーム)
見たこと、話したことを、すべて日記のように文章で記録します。行動するときは、「最近のもの」「重要なもの」「今の状況に関係あるもの」を優先して思い出します。
2. 振り返り(リフレクション)
記憶がたまると、「つまり自分はどういう人間か」「あの人とはどういう関係か」といった一段抽象的な考えをまとめます。細かい出来事の山から、「気づき」を生み出すイメージです。
3. 計画(プランニング)
朝にその日の大まかな予定を立て、それを1時間単位、さらに5〜15分単位の行動に細かくします。途中で何か起きれば、計画を立て直します。
研究チームは、このうちどれかを外した版も比較しました。100人の評価者に、AIへのインタビューの受け答えを読んで「どれが人間らしいか」を判定してもらうと、3つすべてを備えた版がいちばん高い評価でした。人間がAIになりきって書いた回答よりも、上の評価だったそうです。記憶だけでは足りず、「振り返る力」と「先を考える力」があってはじめて、人間らしい振る舞いになるというわけです。
ちょっと変なところもあった
もちろん、完璧ではありませんでした。論文には、思わず笑ってしまうような失敗も正直に書かれています。
- 一人用のトイレに、複数のAIが同時に入ろうとする
- 昼食をバーでとる(本来は夜に集まる場所なのに)
- 閉店後のお店に入ろうとする
- みんながやたらと礼儀正しく、話し方が堅苦しい
最後の点は、もとのAIが「丁寧で協力的であれ」と訓練されている影響だと論文は分析しています。そのため、けんかや裏切りといった人間社会の生々しい側面は、ほとんど現れませんでした。
また、25体をたった2日動かすだけでも、AIの利用料は数千ドル規模にのぼり、実行にも数日かかったと論文に書かれています。町の規模を大きくしたり、長期間動かしたりするには、まだ壁があったのです。
25体のAIが暮らす小さな町から始まった大きな流れ
Smallvilleは、その後の研究に大きな影響を与えました。コードが公開され、誰でも自分だけの「AIの町」を作れるオープンソースのプロジェクトも生まれています。
そこから研究は一気に大規模になりました。たとえば2024年には、マインクラフトの中で1000体を超えるAIを動かし、投票で税のルールを変えたり、宗教が広まったりする様子を観察した実験(Project Sid)が発表されています。
2026年5月には、AI企業のEmergence AIが、Claude、Gemini、Grok、GPTといったモデルごとに10体ずつのAIの世界を15日間動かす実験を行いました。Claudeの世界はおおむね安定した民主的な社会になった一方、Grokの世界は犯罪が相次ぎ、わずか4日で住民がいなくなったと報じられています。
Smallvilleが示したのは、記憶、振り返り、計画という仕組みを与えれば、AI同士でも「社会らしきもの」が自然に生まれるということ。その一方で、AIの社会は人間よりもずっと「お行儀がいい」という限界も見えました。ただ、その後の実験を見ると、モデルや条件しだいでは「お行儀のいい社会」が保たれないこともわかってきています。
人間らしさとは何か。答えはまだ出ていませんが、ドット絵の小さな町は、その問いを考えるためのおもしろい入り口になっています。
参考
- Park ほか「[Generative Agents: Interactive Simulacra of Human Behavior](https://arxiv.org/abs/2304.03442)」(2023年、スタンフォード大学・Google)
- Altera「[Project Sid: Many-agent simulations toward AI civilization](https://arxiv.org/abs/2411.00114)」(2024年)
- 「[How AI agents’ societies evolve](https://shaastramag.iitm.ac.in/special-feature/how-ai-agents-societies-evolve)」(Shaastra、2026年6月)
- 「[Researchers let AI models run a simulated society](https://fortune.com/2026/05/28/ai-model-simulation-claude-chatgpt-grok-gemini/)」(Fortune、2026年5月28日)